猫西一也さん(83)から、
貴重な「計算尺」を紹介していただきます!
猫西さんより
「探し物をしていたら、計算尺がでてきました。
昭和22年国立公衆衛生院で統計学の実習の際
使用していたものです。
計算尺は建築技師などのシンボル商品でした。」
と、当時の計算尺の画像と共にご連絡をいただきました。
とても貴重で、ぜひ昭和百貨で紹介だけでも
させてください!
とお願いしたところ、ご快諾をいただきました。
猫西さんは大学で薬学を学ばれた後、
九州海軍特攻隊へ。
復員後、大阪で食品衛生監視員として大阪府庁に勤められていました。
○猫西さんのご紹介
http://showanokiokunikki.memory-of-showa.jp/article/53890318.html
写真と共に、猫西さんから届いたエピソードをお届けします!
**
昭和22年6月から9月にかけて東京の芝白銀台にある国立公衆衛生院で、
戦後初となる公衆衛生監視学科の講座が開催されました。
参加したのは全国47府県市から各1名、東京都から3名
計50名の衛生技術職員(薬剤師と獣医師)でした。
私は大阪府衛生部から参加しました。
公衆衛生監視学科のカリキュラムの中には疫学と関連の深い統計学がありました。
例えば、食中毒患者の面接調査結果から原因食の割り出し、
水源の水の生物学的酸素要求量を計算したりする場合、計算尺は必要でした。
しかし、当時の東京は一面の焼け野原、
日曜日に焼け残った文房具屋や古道具屋を見て回りました。
幸か不幸か、当時の東京は40日米の配給がストップしたままという状態で、
大事な物も売り、米や野菜に変えていた時代でしたので、
古道具屋にかなり年季の入った高度の計算もできる計算尺が陳列されていました。
値段は100円を超えていました。
が、思い切って買いました。
当時、薬剤師の資格は持つものの、
若い22歳公務員の月給は570円でしたので、
宝物を買った思いで大事に使い方を学びました。
研修を終了し大阪府へ帰りましたら、
昭和23年食品衛生法の施行に伴う食品衛生監視員の採用と研修を担当することとなり
計算尺も大奮闘してくれました。
電卓では簡単に関数計算の結果等も数字で出ますが、
計算尺の場合は頭でプログラムを組み、計算尺に移す作業が必要ですので、
頭脳の訓練になります。
22歳時代に戻り、再度挑戦してみようかと、まずは手入れをしております。
猫西一也
**
猫西さん、どうもありがとうございます!!
当時の古道具屋とは、とても気になります。
私も実際のお店の様子を見てみたい気持ちで一杯になりました。
またぜひお寄せいただけたらと思います。







